マイケル・ジョーダンが”神”と呼ばれるようになったゲームです。
1986年プレイオフ イースタンカンファレンス 1stラウンドGame2 ボストン・セルティックス戦
85-86レギュラーシーズンは、ジョーダンはケガでほとんどを欠場してプレイオフ直前から復帰。
それまでプレイできなかったフラストレーションを、一気に爆発させたかのようなプレイで、2回の延長戦の末、プレイオフ記録を塗り替える63得点。
(5リバウンド、6アシスト、3スティール、2ブロック)
結果はセルティックスが勝利しましたが、試合後に対戦相手のラリー・バードが
「あれは神様がマイケル・ジョーダンの姿をしていたんだ。」
と語ったのは有名な話です。
当時すでに”生きる伝説”と呼ばれたラリー・バードが舌を巻いた、どうやっても止められないジョーダンのプレイが圧巻です。
Michael Jordan :: Drops 63 On Boston
Time 4:43
”マイケル・ジョーダンはバスケットボールの神様だ”
と言われますが、当時はちょっとニュアンスが違ったのでは。
このラリー・バードのコメントには、
「このボストン・セルティックス相手に63点も取るなんて、
そんなことができるのは神様くらいなもんだ。」
という、自分自身とセルティックスへの強い自尊心が含まれていたんだと思います。
当時のセルティックスは、
ラリー・バード ケビン・マクヘイル ロバート・パリッシュ
というラインナップでNBA史上最強のフロントライン(※)と呼ばれ、マジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズと毎年チャンピオンを競っていました。
実際この1986年は、ボストン・セルティックスがNBAチャンピオンとなり、ラリー・バードがMVPを獲得しています。
そんなスーパースターラリー・バードも、若いマイケル・ジョーダンのとてつもない能力をこのゲームで認めざるを得なかったのでしょう。
1982年のNCAAトーナメントでの”ザ・ショット”以来、マイケル・ジョーダンをNBAのスーパースターへぐっと押し上げたゲームでした。
このゲームはDVD”アルティメットジョーダン”に完全収録されています。
セルティックスとジョーダンの激闘を堪能したい方はぜひどうぞ。
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※フロントライン (ミニNBA用語)
センター、パワーフォワード、スモールフォワードの3人を指し、相手ゴールに近い攻撃の前線でプレイするのでこう呼ばれます。
それに対して、ポイントガード、シューティングガードは”バックコート”とも呼ばれることもあります。
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